様子が少し変だと、隅埜啓輔はソファに体を沈めてずっと相手の様子を窺っていた。 そんな事にはさすがに気付いていないのだろう。啓輔の探るような視線の先で、家城純哉は手元にあった雑誌に目を通しながら、コーヒーを飲んでいる。その姿自体には何の問題も無いのだが。 どこなく変だと啓輔の勘が訴える。 おかしくなったと言えば、やはり旅行の時からのような気がする。 あの日帰ってきてから、結局その日のお泊まりは啓輔が意固地になってキャンセルした。 やはり土産というのは早く渡さなければならないと思うし、次の日には仕事が詰まっていたのだから。 そう言い張った啓輔の言葉を、家城は意外にもすんなりと受け入れてくれた。 実際会社に来てみれば、その日は一日家城も忙しかったみたいで、実際休むなんてとんでもないことだったんだろう。 だけど。 はっきりと言葉にすることはできないけれど、様子が変なのは判ってしまう。 見た目は相変わらずの鉄仮面完璧男だというのに。 それが何かは判らない。 ただ言えることは……ほんの僅かな気持ち程度だが避けられている、ということだけだ。 啓輔が話しかけた時、時折僅かな間が空く。それは気のせいだといってしまえばそれで終わるようなそんな間なのだけれど、それが気になりだすと、とにかく気になって。 しかし、今の啓輔にとって疑念をはぐくむにはそれだけで十分で、自然に家城を見る目がきつくなる。そんな視線にさすがに家城も気が付いたのか、ふと顔を上げた。 「何か?」 その声音はいつもと変わらない。 憎たらしいほどに、落ち着いてるというのに……違和感が啓輔を襲う。 「純哉?」 思わず呟いた言葉は不審に満ちていて、何故かと問うていた。 だが、不審げに眉根を寄せた家城に、堪らずに言葉を継ぐ。 「何か変だ……どうかした?」 「……別に」 その一瞬の間が変だと家城を知っている記憶が言う。 僅かに逸らされた視線が何よりもそれを肯定していて、啓輔は確信した。 「純哉、何か隠している?」 「いいえ」 今度は即座に返された、けれど。 ちらりと視線を移した先で、家城愛用のノートパソコンがカウンターの片隅に鎮座していた。 先日まで、それで画像を整理していたと思うけれど。 あんまり一生懸命で、忘れ物を取りに寄っただけだった啓輔は早々に退散した。あの時、食い入るように見ていたそれが気になってくる。 あの時、家城の表情はどうだったかと、いくらでも怪しいところが湧いてくる。 そういえば自分はそれをまだ見ていないと、啓輔は視線を家城に戻した。 「なあ、旅行の写真見ていないから、見ていい?」 「ああ、そうでしたね。パソコンを起動させてください」 「ん」 いわれるがままに起動して。 「ソフト、判りますか?」 「ん、前に教えて貰ったから」 家城愛用の画像閲覧ソフトを立ち上げる。 サムネイルで画像が並ぶ中に、見知った風景の写真もあって少し懐かしく感じたけれど、啓輔はそれとは別に、「ファイル」メニューをクリックした。 一番下には、最近開いたファイルが幾つか並んでいる。 その一番上をクリックしたのは、なんとなくだった。けれど、それを見たいと何故か心が訴える。 「……竹井さんの……」 ディスプレイには安佐と竹井が仲睦まじく寝込んでいる写真が開かれていた。 その写真には何もおかしいことはない。 それを撮った時には啓輔も側にいたのだから。 だから、おかしなことは何もない……けれど。 竹井は家城が好きだった相手だから。 それが啓輔には気になっていて、振り払うにはそのシコリは大きすぎた。 純哉はどんな思いでこの写真を見ていたのだろう? 信じたいという想いとと、疑う気持ちはいつも隣り合わせで、啓輔を混乱させる。 「純哉……」 「はい?」 「竹井さんにこの写真渡した?」 だから、そんな事を問いかけて、見ていないふりをして家城の様子を窺っていた。 「写真……ああ、あれは渡しました。真っ赤になってましたけれど?」 くつくつと笑うそれは、確かに変わりはないようで。 だけど。 「竹井さん、安佐さんと喧嘩して別れちゃうかな?」 冗談のように笑って意見を窺う。その間も視線は外れない。 「……別れないですよ、彼らは」 僅かな間を置いて家城はそう答えていた。だけど、確かに走った動揺を啓輔は見逃さなかった。 「ね……最近俺してないんだけど?」 ソファの後に立って家城の肩から腕を回す。 くいっと顎を掴んで後に引き寄せて、啓輔はその唇に軽く口づけた。 渇いた唇にほんの少しコーヒーの香りが移る。 「していないことはないですよね」 くすりと笑う意味は知っているけれど、それは違うと口の端を上げた。 「俺がしていないってことだよ」 顎から喉に指を滑らせて、シャツの内側に手を差し込む。緩められたシャツの内側を探ることは容易で、啓輔の指が家城の胸の突起を弾いた。 「っ……そういうことなら」 息を飲んで、その手から逃れようとする。そのために体をずらしたのだろうが、啓輔は回した腕に力を込めてそれを押さえ込んだ。 その力が強くてずるりと背がソファの背もたれを滑り落ちる。 「ちょっ!」 見上げる家城の表情に驚きが混じるのに気づき、啓輔は嗤って返した。 「俺の事、好きだろ。だったら逆らうことはないだろ?」 逆らわせない。 胸の奥から込み上げるのは激しい嫉妬だと、啓輔は気が付いていた。 肩についた手に体重をかけて、背もたれを乗り越えた。痛みが走っているのだろう、顔を顰めた家城が啓輔を見上げている。 「啓輔……何を怒っているんです?」 無表情だけれど声が震え、啓輔には家城の動揺が手に取るように判ってしまう。隠そうとするから、それが余計に露わになるのだと、きっと家城は気付かない。 手の平が体を捩って逃れようとする家城の気配を伝えて、啓輔はさらに腕に力を込めた。 「さあ……怒っているって思う?俺はしたいだけなんだけど」 したいだけだよ。 我慢できないほどに、したい。 腹の底から込み上げる欲情は、家城がどんなに逆らってもやりたいと願っている。それが怒りに見えるのなら、そうなのかも知れない。 啓輔の口許に笑みが浮かんでいるのを見た家城はその瞳に明らかな動揺を見て、それがさらに啓輔の心に秘めていたはずの嗜虐心を呼び起こした。 二度と人を傷つけたくないと思って隠していたその質は、だが、嫉妬という炎にあぶられて鎌首をもたげてきたらしい。 犯したい、激しい邪念に襲われて啓輔の顔が歪む。 それはマズい。 マズい……と判っているのに。 「くっ!」 堪えるように歯をきつく食いしばって、そのまま家城の体の上にのしかかった。 何も考えずに犯すのは簡単なことだけれど、相手は愛おしい相手なのだ。決して心も体も傷つけることはできない。 「やめろっ!」 抗う手を頭の上で一掴みにする。 さすがに家城も大の男だから、そう簡単には大人しくなりはしない。だが、のしかかった膝を家城のまだ柔らかな股間に押しつけた途端、跳ねた体とともにその手から力が抜けた。 男だから、どんな痛みが走ったのか判る。だが、痛みにきつく目を閉じて堪えている家城を見ていると、つい、啓輔はさらに体重をかけていた。 「うくぅっ!」 家城の喉から吐き出すように悲鳴が漏れる。歯を食いしばり目を固く瞑って、顎を胸につけるようにして顔を歪める様は、相当な痛みを教えてくれる。だけど、その様が啓輔にぞくぞくとした快感を全身に与えるのだ。 端正な顔が歪むその様をもっと見たい衝動に駆られる。位置を変えて押し込むと、今度は喉を晒した。 朱の走った端正な顔が苦痛に歪んで、知らずにごくりと唾を飲み込んでいた。 「いい顔……」 その声は欲情に掠れ、啓輔の股間のモノはあっという間に体積を増していた。 それほどまでに煽られるのだ、この家城という男に。 欲しくて欲しくて堪らない。 「今日は、するよ」 嗤って宣告すると、家城の目が大きく見開かれた。 「逆らうと……酷くしそうだからさ、大人しくしていてよ」 本当は優しくしたいんだよ、とそのなけなしの想いも一緒に伝えるために家城の頬に手を這わせると、怯えた瞳が微かに揺らいで、諦めたように閉じられた。 体躯の大きな家城と啓輔にはソファは狭すぎて、啓輔は早々に家城の腕を掴んでベッドへと移動した。 どうせやるなら、たっぷりと落ち着いてやりたい。 「啓輔……怒っているんでしょう?」 ベッドに乱暴に押し倒されて、肘をついて上半身を支えながら、家城がため息ともに呟いた。 覚悟を決めたのか、その姿は落ち着いていて、のしかかる啓輔の背に手を回してくる。 そこまで純情になられると、啓輔の中にあった嗜虐心も少し落ち着いてくる。 ほっと小さく息を吐き、荒れ狂った感情を落ち着かせる努力をしてみた。 「怒ってる……かもね」 だから家城の問いにも答えて。 だけど、いまだに竹井が関わると家城の挙動がおかしくなることは、啓輔もいい気分はしない。 「竹井君……よりも啓輔の方が好きなんです。だけど……」 「好きになったことは忘れられない?」 「……はい……」 正直な言葉に苦笑を返して、手早く家城のシャツのボタンを外していった。 判っている。 啓輔とて、未だに忘れられない想いがある。 それはきっと家城が持て余している想いより、もっと質の悪いものだろう。何よりも、啓輔は彼を犯したいと……欲することすらあるのだから。 それをしないのは、ひとえにこの目の前にいる可愛い恋人のためだ。 彼よりも、今はこの男の方が好き。 愛していると伝えるのは、この家城純哉という男だけ。 不幸と呼ぶのは互いが攻め体質で、なかなかさせて貰えない、ということだけだろう。 だが、それでも啓輔を抱いて悦ぶ家城を見てみたいと思い、そして愛されたいと願うのだから、まんざらいい間なのかも知れない。 だけど男として愛おしい相手を抱きたいと願う時に、なかなかそうはさせてくれないこの男に、不満もあるわけで。 それがさっき爆発したのだと、片隅にある冷静な部分が教えてくれる。 「今日は……どんな風にしようか?」 滅多なことでは得られないこの幸せに、くすぶる嗜虐心も加わって、やりたいことが走馬燈のように頭の中を駆けめぐる。 瞳に浮かぶ劣情に気付いたのか、家城が頬を染めて顔を逸らした。 「あまり……無茶はしないでください……」 平静を保とうとして、だが微かに震える声がどんなに啓輔の劣情を刺激することか。 「そんな事いわれると……ほんとにしたくなる」 熱を込めた息とともに、想いのたけを吐き出した。 嬲るように全裸の家城を上から下へと見下ろして、同時に手の平を触れるか触れないかの距離で肌の上を走らせる。 「……んんっ……」 時折触れる場所は家城の肌が感じるところで、誤魔化すことなく粟立つように肌が震えていた。甘い掠れた声が漏れ、体温が上がっているのか、白いはずの肌がほんのりピンクに染まっていく。 与えられた快感に堪らずに身を捩ろうとして、その股間のモノが所在なげに揺れていた。 思わず前屈みになるほどの痴態。 犯したいと、欲する心は男の本能なのだろうが、それを加減なく増幅させる程の相手はそうそういない。 そして啓輔にとってそれは家城なのだ。 与えられる潤んでしまった瞳に、焦れったさに切なげに歪められたその表情。肌の色もさることながら、堪らないとばかりに身悶えるその動き。シーツが幾筋もシワを作り、家城の体を飾っていく。 逆の立場である時は啓輔自身もそんな風になっているのだと、ふと恥ずかしくも思うのだが、それが家城を煽るように、今の啓輔にとって恋する相手が見せる痴態は、どんな媚薬よりも強烈だった。 弾けそうなそれを宥めるように深呼吸して、意識を家城へと向ける。 露わになった痴態をもっと見たいと、下へと辿っていった手が、微かに震える家城のモノを掴んだ。 「けいすけっ」 今更焦りを見せる家城の手が、啓輔の腕を強く握る。 外そうとしているのか、それとも逃さないとしているのか、きつく閉じられた目からは何も窺えない。 やわやわと揉みしだけば、掴まれた腕に痛みが走る。だけど止まらない。 家城の力の入った指はもうどれもが強張っていて、容易には外れそうになかった。 「んっ……んんっ……」 声を我慢しようとしているのか、家城の唇は白くなるほどにきつく閉ざされている。その唇を欲して啓輔は小さな音を立ててそこに吸い付いた。 「ね……これじゃ、キスできないよ」 吐息の触れる距離で囁くと、誘うようにそこに隙間が生まれた。すかさず尖らした舌先を滑り込ませる。 熱い口内は逃れる舌先と追いかける舌先で一杯になって、溢れた唾液が家城の口の端を辿って滴り落ちる。 捕まえられない舌先に、家城の往生際の悪さがうかがい知れて、ならば逃げるなら、と別の場所を責め立てた。上顎の裏は、家城の弱いところの一つだから。 「ふあっ……あっ……」 触れあう肌がどんどん汗ばんでくる。邪魔になった衣服はベッド下に投げ捨てて、しっとりとした肌を全身で味わった。 家城以上に興奮した股間のモノを、家城のモノに擦りつければ、震えるような刺激が背筋を駆け上がる。 「んああっ!」 それは家城も同じなのだろう。塞がれた口から堪えられかった嬌声が漏れた。 啓輔自身、普段受け入れる立場だから、受ける時の快感が攻める時の快感とはまた違うことをよく知っていた。受け身だと、攻める労力が無い分、快感に集中してしまう。 「やめっ!」 唾液の糸をひいて離れた唇が、無意識のうちに否定の言葉を放つ。 「やめていい?」 擦りつける動きを止めて問いかければ、驚いたように家城が目を開いた。自分が何を言ったのかも判っていないのだろう。襲っていた快感がいきなり途切れて、ひどく辛そうに顔を歪めていた。 「けい……すけ……」 請う言葉は、恥ずかしいと家城が口を噤む。 その細められた目は、物欲しそうに揺らいでいるというのに。 「っ!」 ずきりと激しい疼きが啓輔の股間を襲い、込み上げる射精感に啓輔は必死で堪えた。 目元まで羞恥に染まった家城は、言葉にならないほど艶やかで、啓輔の劣情を刺激する。 もう……。 我慢できなったのは啓輔の方だった。 「うわっ、け、啓輔っ!」 家城の肩を掴んで強引にひっくり返す。驚きの声を上げた家城の太股に腰を下ろして、性急に、手を割れ目へと潜り込ませた。あたふたとベッドヘッドから取り出した潤滑剤をたっぷりとその場所に流す。 「んっ」 まだ冷たいそれに家城が全身をぶるりと震わせた。 粘りのある潤滑剤を、たっぷりと手に馴染ませて、奥へと指を走らせれば、家城が逃げようと身悶えた。それを押さえつけて、指先をまだ硬いつぼみへと忍ばせる。 「んあっ……やあ……っ」 反り返った家城の背に誘われるように口づけて、だが指は我慢がきかないとばかりぐいぐいと先へと進んでいった。 基本的に攻める立場の家城のそこは受け入れるには狭い場所だ。解すのにももっと時間をかけなければならないのだろうけれど。 啓輔にはそんな余裕はなかった。 今はただ欲しい。 指が感じている熱を股間のそれで味わいたい。 絞られるようなあの肉壁の感触を……早く味わいたい。 触れてもいない啓輔のそこが、いきり立って、激しく欲っして震えていた。 「あっ……ああっ……」 奥深くを指先で探れば、他とは違う感触の場所が見つかる。 「ひっ!」 短い嬌声が家城の口から飛び出して、その手がシーツをきつく掴んでいた。硬く閉じられたまなじりから、生理的な涙が零れ落ちる。 「ここ……いい?」 その狂態を見ただけで家城が快感に晒されたことが判るというのに、わざと問いかけて。 「……っ」 黙ったまま額をシーツに擦りつけるように首を横に振る家城の首筋は、真っ赤に染まっていて、強張る背筋が小刻みに震えていた。 「嘘つきだな。感じているくせに」 腹の下へと手を伸ばし、爪先で下腹につぶされたそこを弾くと、跳ね上がった体が音を立ててシーツに沈んでいった。 敏感だと思う。 啓輔も経験があるが、煽られた体で我慢をさせられると、とにかく全ての刺激が快感になって襲ってくる。いつもなら痛みであるはず行為も、くすぐられるとこそばゆいはずの場所も、全てが甘く、時には激しい疼きとなって全身を支配し、それがさらなる快感を呼び起こす。 「あっ……けい……すけっ……もう……」 前にしたのはいつだっけ? 旅行で家城だけは出したけれど、それ以来だとすると一週間ぶりの性行為。 溜まったそこは、限界なのかも知れない。 指を握るように動かせば、湿った音が室内に漏れてしまう。 「んっ……あっあ……あっ」 ひくひくと痙攣するように動く尻の肉にキスを落として、内股に手をかけると、自分から拡げていた。 「純哉、……入れるから腰を上げろよ」 そう言いながらも指を増やして中から刺激することを忘れない。 「あっ……んくっ……啓輔…それ…は……あっ」 肘をついて体を起こしかけた家城の体ががくりと沈む。 「腰、上げてって……逆らわないでよ」 酷くはしたくないから。 本当は欲望の赴くままにしたいけれど、それでも壊したくはない。 どうせなら、互いに気持ちよくなりたいから。 「啓輔ぇ……」 震えて掠れた声すらも甘い刺激だというのに、そんな事も忘れたのか家城が汗にまみれた額をシーツに擦りつけながら、腰だけを浮かした。 だが、中からの刺激に堪えられないのか、それすらもがくりと崩れそうになる。 「純哉……誘ってる……?」 淫猥な動きに、つい問いかけていた。 「そんな……こと……ない…………」 朱に染まった顔で言われても。 啓輔は数度首を振ると、家城の腰に手をかけて引きずり上げた。 激しく一気に押し込みたい衝動をなんとか堪えて、ゆっくりと腰を進める。 「んっくっ……うぅぅっ……」 白くなるほどにきつく握りしめられた拳を握ってあげたくて、腰を進めながら前屈みになって手の平で覆った。余る程の大きさの拳をそれでも柔らかく握って。 「けいすけ……」 涙の溢れた瞳が、啓輔を横目で見上げてた。 「純哉、愛している」 久しぶりのそこはどこまでも熱く、柔らかく、そして気持ちよかった。 背に口づけて、朱色の印を幾つも残す。 ゆるゆると動く腰の動きを助けるように家城も腰を動かして、触れあう音が小さく響いていた。 「ふあっ……あっ……あああっ……」 抉るように打ち付ければ家城の漏れる声は大きくなり、探るように小さく動かすと、焦れったそうに家城の腰が動く。 感じてくれているのだということが嬉しくて溜まらない。 何より、手の中に捕らえてる彼はやはり誰よりも愛おしい存在だと再認識できるのだ。 可愛くて、敏感で、涙に濡れた瞳の家城など、誰も知らない。 この時ばかりは、忘れられない相手である敬吾がここにいたとしても、啓輔は家城を取っただろう。 誰にもやらない。 竹井にも、誰にも。 誰も知らない家城を、誰にも見せない。 だから、絶対離すつもりはなかった。 逸る心が、啓輔の動きを荒くする。そのせいで、家城の喉から漏れる嬌声は我慢がきかなくなったのか途切れることはない。 「け、けいすけ……っ、もう……もたないっ!」 必死で襲っている射精感に堪えている家城のせっぱ詰まった声には煽られるのだが、それでも啓輔は首を振っていた。 「駄目……もうちょっと我慢して」 だって、俺はまだだ。 いきたいと思う心は、確かに限界を訴えている。 だけど、できればもっともっと感じたい。 「で、もっ!」 かなり無理をしているのか、息を飲んで堪えている家城に、啓輔はにやりと嗤った。 「だってさ、もともと純哉が悪いんだよ。竹井さんのこと……。忘れたとは言わせないから」 「そ、それは……」 忘れるものではないだろう。 家城にとって竹井とは、啓輔にとっての敬吾なのだから。 「でも……」 びくびくと震えるそれをぎゅっと握りしめれば、その震えがひときわ大きくなる。 手の中で音を立てるほどの滑りは全て家城のモノが出したもので、その快感の大きさがはっきりと判った。 「んっ……けい…すけっ。……っ!」 握ったまま腰を大きく動かせば、吠えるように家城が背を仰け反らした。 「駄目だよ、いっちゃ」 動きを止めた途端、家城の中が絡みつくように啓輔のモノをきつく絞める。 「ん…っ。駄目だって……」 いかされそうだと慌ててその腰を押さえつけて、啓輔は苦痛に耐えるように顔を顰めた。 「啓輔……」 それがどんなにきついことか。 何度も同じ目に遭わされて、啓輔はよく知っていた。 だから、啓輔も家城の限界が判る。 「そんなに先にいきたいんならさあ、来週来た時には家城さんが誘い受けってのをやってよ」 「え?」 家城がぼんやりとした瞳を不思議そうに歪めた。 「判らない?」 限界の状態で止められて意識がきちんとしない珍しい表情の家城に、啓輔は嬉しくなって笑いかける。 「誘い受け……。今度は純哉が誘ってよ。今日は……俺からしたけれど。約束できる?」 意地悪げに口の端を歪める啓輔に、焦点のあった瞳を困ったようにむけた家城は、半ば開きかけていた口を固く閉じてしまった。 答えられないのだろう。 受けること自体滅多にしない家城にとって、啓輔の願いはきっと受け入れられないこと。 だが。 「駄目だったら、我慢して。俺がいくまで。でも先にいったら、純哉誘い受けね」 勝手に約束して、腰を動かし始める。 目的ができれば、我慢するのもなんてことはない。 それよりも家城をいかせるために、注力している啓輔は、感じるところをピンポイントで攻め続けた。 「いやあっ……あっ……ああっ……!」 必死で我慢しているのだろう。髪を振り乱して悶える様は、啓輔の劣情をいたく刺激する。 「っ!」 その痴態にいきそうになって堪えるはめになったのは啓輔の方で、まるで我慢大会だと僅かばかり後悔した。 「純哉っ、いってよっ!」 「け、けいすけ……こそっ!」 こうなったら意地の張り合いであった。 だが、こういう時には攻めている方が歩がある。 啓輔は、両手指と唇を使って背から家城の肌をまさぐった。深く浅くリズムをつけて、穿つのも忘れない。 「んっあっ……やめっ……」 「いけばいいんだっ、てっ!」 これでどうだっ、と深く腰を押しつける。 「うっくっうう!」 ぶるっと家城の体が震え、ぽたぽたと手の中のそれが震えながら滴を吐き出す。 硬直してしまった家城の体は小刻みに揺れて、力無くベッドの上に崩れ落ちてしまった。 「はあ…はあ……はああ……」 肩で荒い息をする家城の体を一瞥して、だがまだいっていない啓輔は容赦なく腰を打ちつけた。 「えっ!」 驚いて上半身を起こした家城に笑いかけ、それでも緩めることなく激しく責め立てる。 いったばかりの敏感な体にその刺激は強すぎるのか、苦痛に耐えるように家城は息を飲んで堪えていた。 「んっ……くっ」 「んんっ!」 我慢をしなければ呆気ないもので、これでもかという量が家城の体内に放たれる。 熱までも吐き出したかのように肌が総毛立った。 「好きだよ。愛してる」 耳朶に口づけて囁けば、朱に染まった顔を隠すようにして頷く家城が見て取れた。 さすがに我慢大会は結構きつく、疲れ果ててどさりと家城の横に倒れ込めば、冷めた瞳が啓輔を捕らえていた。 どうやら落ち着いたらしい家城は、いつものように無表情で責めるように啓輔を見つめている。 「何?」 あまりの気持ちよさと幸いに、その視線も苦にならない啓輔が笑いかけると、家城は深いため息を吐き出していた。 「……約束……本気ですか?」 快感に溺れていたとしてもそれははっきり記憶に残っているようだ。あれは冗談だと一言言えば、ほっとするのは判っていたけれど、啓輔もそこまで人がよくなかった。 「本気」 手を伸ばして、あやすようにその髪を指に搦めて撫でる。 「そんな……こと……」 考えただけで恥ずかしいのか、耳まで紅く染めた家城が首を左右に振った。 だけど、許してあげない。 いつも良いようにされているんだから、これくらいは、っと苛め心に火がついて。 「できたら、気にしないようにする。竹井さんのこと」 だめ押しのように伝えれば、大仰なほどのため息が返ってきた。 <了>
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