息抜きのための、彼と楽しい夜の散歩
私は散歩が好きだ。
特に月夜の夜に敷地内に造られた水辺のほとりを歩くのを好んでいる。
夜の澄んだ空気の中、水の流れる音、風がこずえを揺らす音、自然に見えるように整えられた小道の草いきれや清涼な水の匂い。
私は靴が食む玉砂利の音を後ろに残しながら、ゆっくりと歩む。
幾つも会社を抱える巨大な組織の長たる私は、ともすれば二十四時間気が休まるときがないとも言えよう。部下達だけでは対処できないことが起きれば、それが就寝中であっても連絡が来る。
もっとも私自身が、連絡することをためらうなと重々言い聞かせているからだからこそであり、それに対して文句一つ言えようはずもないし、するつもりもない。むしろその結果難を逃れたとあれば、十二分な報酬と共に褒めたたえるのは当たり前。
それこそが私の責務であり、傘下の者たちを守るには大切なことだと承知している。
だがそれでも、時にはこういうゆっくりとした時間が欲しくてたまらなくなるのは、人ととして普通ではないだろうか。
月明かりは闇を照らし、明るい色を持つモノをより白く際だたせる。白い花弁はさらに耀き、薄緑色の若葉はその先端を淡く輝かせていた。
肌に感じる風は心地良く、耳に届くせせらぎはほどよく私をリラックスさせてくれる。
それは、有象無象に煽られた私の精神を癒やし、まるでゼロリセットしてくれているようだ。
私は日中机に向かい続けて硬直した身体をほぐすように、適度に腕や身体を動かしながら、自然を五感に感じ続けた。これこそが私の最大のストレス解消法であり、何よりも私自身の感覚もまた鋭敏にしてくれるのだ。
それに加えて、傍らにいるのは私の最近のお気に入りの彼。
そんな彼を誘い、同じ時間を共有することこそ、どんなものにも勝るとも劣らない鋭気の高め方。
ただ彼は、残念ながらまだまだいろいろと教育が必要で、客の前には出せない。彼自身、そんな自分を恥じているのか、屋敷からどころか部屋からもなかなか出ていこうとしない。自室で勉強しているらしいのだが、どうも少し自信を喪失しているのか、人前に出るのが怖いらしいのだ。
そんな彼だから日中に私の執務室に顔を出すことはない。何より私自身も、仕事の最中に彼を呼んでも構ってあげられる暇などないのだし。
だからこそ、この夜更けの散歩は彼と過ごす私の大切な時間であった。彼も私と一緒ならこうして外の空気に触れてくれるだから。
運動不足なのか、少し足元がおぼつかない彼を伺いながら、ゆっくりと歩を進める。
広大な敷地を保有する先祖伝来のわれら一族の屋敷は庭も広い。
防犯上、周囲は高いコンクリート壁に覆われているが、その前に木々を植えているために武骨な塊は庭からは見えないし、圧迫感もない。
基本的に日本庭園を摸していて、庭の三分の一を占めるのは水草に覆われた中を色とりどりの鯉が泳ぐ池。周囲は確か一キロはなかったはずだが、休日の朝など軽いジョギングをするのにちょうど良い場所だ。芝に覆われた築山はほどよい起伏で、閑かなたたずまいを見せてくれる。
そんな池から少し離れると今度は英国庭園のように季節の花が楽しめるが、さらに奥に入り壁に近くなると、今度は人より高い木々が多く森のように視界を自然の色で覆い尽くす。その合間を通るのは玉砂利を敷き詰めた白い小道で、そこに覆い被さるように可憐な草花が茂っている。小道のところどころにあるガゼボは休憩地点にちょうどよく、夏には涼しい風を、冬には柔らかで暖かな日射しを感じられる場所でもあった。
最近はやりのテレワークは我が家ではずいぶん前から浸透していて、あまり家から出ない私にとっては息抜きの場所でもあるのだ。
空を見上げれば、いつもより大きく見える満月が外壁を覆う木々の天辺に差し掛かっていた。そういえば、ネットニュースに載っていたが、今日の月はスーパームーンというらしい。確かに大きく感じる月は、その分いつもより明るく水面を照らし、白い玉砂利が敷き詰められた小道を照らしてくれる。
おかげで、夜目にも十分な明るさがあった。
「今日は月がとても明るいね」
そう声を掛けながら彼に視線を向ければ、その姿が薄暗い闇の中に浮かび上がっていた。
何かを言いかけて、けれども言葉にならずうつむく彼は、本当にシャイでかわいらしい。
時にはとてもわがままで口も悪かったりするのだが、それでも言い聞かせればわかって懐いてくれる彼。私に見つめられて恥ずかしいのか、伏せた横顔はほのかに紅潮し、薄く開いた唇は、言葉にならない何かを湛えたように震えていた。伏せた長いまつげが揺れるのは、突然向けた私の視線に彼が動揺しているせいか。
「今度はこちらの道に行こうか」
私は彼の背をそっと押して、別の道へと促す。手のひらに触れた滑らかな肌はしっとりと汗ばみ、怠惰な生活の中でも衰えないアスリートの実用的な筋肉が微かに蠢く。最近肩下まで伸びた髪が貼り付いているのをすくいあげ、そっと肩より前へと流ながら、そろそろ切り時かと首を傾げた。
今度はどんな髪型にしてあげようか。
そんなことを考えていると、彼の髪から整髪剤の香りが私の鼻孔を楽しくくすぐる。
ああこれは、彼のために配合した彼のための香水の香り。
香った途端に、私の身体に甘い疼きが走る。
条件反射のようなその反応に、私の唇が弧を描く。
彼はいつもこの香水をつけて私を誘うのだ。
ふと悪戯心のままに張りのある肌を指先で突けば、目の前の方がぴくんと跳ねた。
「あっやっ……」
視線が咎めるように私を捉える。吐息が零れるような音が耳に届いた。とてもかわいらしい、小鳥がさえずるような音。
大好きな彼の声に私がほほ笑みかければ、焦ったように視線を逸らした彼。
思わずそんな彼の肩に腕を伸ばしてかき抱く。
「んんっ、ああっ」
引き寄せて片手で抱きしめれば、彼の全身が激しく震えた。甲高い悲鳴のような声が夜の空気の中へと響いていく。
なんと私の官能を刺激してくれる声を出すのだろう。
この声の良さは、初めて会った時には気付かなかったことの一つだ。もっともそれ以外にあった多くの彼の素晴らしさに気が付いたからこそ、自分でも恥ずかしいことに私は彼に恥も外聞もなくひたすら猛烈に求愛してしまったのだけど。
そんなお気に入りの声をもっと聞きたいとは思うのだが、何しろ今は静かな夜の散歩中。
「おやおや、そんな大きな声を出したら、屋敷の中の者たちが目覚めてしまうよ」
閑かな静寂の中、ささやくようにとがめると、そのことに気が付いたように彼の視線が惑う。大きな声を出してはしたないと思ったのか、羞恥の色にその肌が染まった。
ああその菅田のなんと愛らしいことか。
「大丈夫だ、まだここは屋敷から離れているからね。さあ散歩の続きをしよう」
足が止まってしまった彼を促し、歩を進める。ザッザッと足元で私たちの靴が砂利を食む音が鳴り響く。
同時に、彼の中の振動音が大きくなった。
「んんっ、うんぐっ、ううっ……」
小刻みに震えた彼がまた足を止める。
次第に強く、しまいには痙攣するかのように全身を震わせたと思えば、膝が砕けたかのよようにその身体が崩れ落ちた。慌ててその身体を抱き留めて支え、胸元より下に落ちた彼の顎をすくいあげた。
なすがままに上がった彼の表情が照らされて、私は思わず息を飲んだ。
ああ、なんと愛らしい表情だろうか。
汗に濡れた額、ほんのりと桃色に染まった顔、赤く充血した目元が濡れて、雫が頬から下へと流れ落ちていく。薄く開いた口の中には透明な穴あきの玉が入って、透明なバンドによって後頭部で止められているのだが、そこからだらだらと唾液が流れ出している。そのすき間からか荒い吐息が零れ、私の頬を熱くくすぐっていた。
思わず零れた唾液を指先ですくいあげ、流れる涙を手の甲でぬぐいながら、陶然とした表情を浮かべる彼を覗き込んだ。
ああ、きっと彼を見つめる私もまたこんな顔をしているのかもしれない。
私自身のせいで影を落とした彼の瞳からは何も覗えないけれど、私は自分が笑っているのがわかっていた。
「どうしたの、まだ散歩は途中だよ」
「あっ、ぁ……ぐぅっ」
ささやき、身体を支えるように腕に力を込める。立ち上がらせれば、悲鳴のような微かな声が喉を震わせた。力の入らない身体を励ますように、張りのある尻たぶを軽く叩いてあげれば心地良い音が響き、彼がぴくんと大きく震えた。
少し強く叩きすぎたか、私の手のひらに走る痺れに思ったが、この程度であれば彼には物足りない刺激のはず。もう数度繰り返してから、最後には熱くなった肌を撫でてあげた。
「や、あっ……あうっ……うっ……」
「ほら、久し振りの外なんだから、しっかり歩かないと、せっかくのきれいな筋肉が衰えてしまうよ」
最近私も忙しかったために夜の散歩も久し振り。そのせいか彼には部屋から出ずに過ごさせてしまった。そのためだろうか、元は健康的な日焼けの色だった肌が、今はますます白くなっているではないか。
赤く色づいた尻たぶと腰から背中の色を見つめながら、私は嘆息を零す。
白い肌も嫌いではないが、彼にはやはり健康的な色合いが似合っている。せめて私がいなくても、昼間に庭の散歩には出てほしいのだけど。
だけど彼は人に見られるのが嫌だと、どうしても出てくれない。
せっかくこんなきれいな体つきをしているのに、人に見せるのが嫌いなのだ駄駄を捏ねるのだ。
それを許してしまう私も甘いのだけれど、一緒に散歩ができない申し訳なさもあって許してしまうのは致し方ないというか。
久し振りの逢瀬に私が選んだ彼の衣装は、厳選した高級絹糸を朱色で染めて組んだ平組紐。その紐で亀甲に縛り上げた姿は月明かりの下、とてもきれいだ。
首には柔らかな革とプラチナでデザインしたチョーカー。そこから組み紐が彼の胸筋を挟むように伸びて、小さくも鮮やかな色合いの乳輪を括りだし、クロスして腰の細さを目立たさせ、可憐なへそを見せてから腰へ、そして足の付け根へと回り、双丘を割り開くように食い込んでその形を美しく見せる。要所に取りつけた環はチョーカーと同じプラチナで、紐の最後は特殊な金具で緩まないようにしていた。
下腹でそれら全てを繋ぐ環には小さな鍵があり、外すためのナンバーは私が主として愛用している暗唱番号だ。
それが彼の生まれた病院の番地である5897と生まれた時間14:25から抽出した6桁の番号だけど、これは仕事上でも重要なマスターナンバーだから私以外誰も知らない。念のため弁護士に預けてはいるほどのものだ。
大切なその番号を彼に教えることはできないけれど、それでもぜひ彼に身に付けて貰いたかったのだ。
何よりも私が厳選に厳選しつくした彼のための衣装の一部として。
かなり金はかかったが、彼を美しく見せるためとなれば、私が惜しむものではない。
それに特に念入りにデザインした彼のかわいらしい陰茎に絡みつく部分は、本当に素晴らしい出来だと自画自賛したほどだ。
細かく複雑な模様で編み上げた金糸混じりの紐、五連の環と絡ませ、先端部を括りだしている。日焼けしていなければ色白の彼だが、そこだけは他より色が濃く、ビロードのような滑らかな触り心地の皮をしていた。逞しい張りから艶やかな丸みは何も飾っていないが、いつかそこにも良いアクセサリーをと考えているところだ。
何しろ彼はいつも先端から粘り気のある雫を零すばかり、漏れないように何か良いものはないだろうか。
彼が震える度に突き出された陰茎は、ぷるぷると同様に震えていた。
今は勃起してしまっているのか、そこだけは雄々しく見える。それでもその姿は、私にはかわいらしく見えるのだが、私に全体重を預けてがくがくと震えていては、この先の散歩は難しい。
「困ったね、歩けないのかい?」
問えば、彼の妖艶に色づいて濡れた瞳が私を見つめた。その期待するような視線に私は苦笑する。
お気に入りの玩具がとてもよく効いているようだ。
だから、難しいよと伝えていたというのに。だけど彼は望んだのだ。
「いいのかい、約束しただろう?」
この散歩に出るときに私と彼は一つの約束をしていた。
この敷地内の散歩コースを、この衣装で一周できたらなんでも言うことを聞いてあげると。だけど、途中でリタイアしたら私の言うことを聞いてもらうんだよと、それでいいと了承したはずなのに。
こういう簡単な約束は私と彼が良くするものだ。彼はわがままで私が首をかしげるようなことばかり要望するから、こんな約束をする機会が多くなっているのだけど。
思い出したのか、少ししためらうように彼の唇が何か言いたげに動く。透明な玉越しに赤い舌が震えて、白い歯がかちかちと音を立てていた。
どうやら嫌だと言っているのだろう。まだ頑張れると言いたいのだろう。
潤んだ瞳が強く私を見ている。
私は分かったと頷いて、彼のチョーカーから伸びる紐を手に取った。今までは自由に歩いていたのだけど。
「歩けないなら四つ足で歩いてもいいよ。君はそれが好きだからねえ」
「ひやっ、ああ――、ぁぁっ!」
紐を前に引き、その勢いでぐらいつた背を押せば、力の入っていない身体はたやすく地面へと崩れ落ちた。
手が丸砂利をかき回し、彼の背が私の腰より下になる。膝を突いて、そのせいで高く上がったかわいいお尻。そしてぶるぶると震え続けるかわいい尻尾。
猫を摸した長い尻尾は、片手でどうにか握れる程度の太さ。もちろん本物ではないが、中に多関節の軸を入れており、彼の動きに合わせて滑らかに動く彼のお気に入りの玩具だ。取り付けは簡単で、彼の後孔に固定具をしっかりと奥まで挿入して、根元の部分を空気で膨らませればもう落ちることはない。ついでに彼の衣装の鍵の部分に固定すれば、私の手以外で外されることもない。
「あっ、ひっ……いぎっ……」
身体が動いたせいで尻尾がくるんと大きく揺れて、背が激しくのけ反った。紐が掛かっていても滑らかな背筋の動きがよく見える。張った肩、大きな肩甲骨、そしてそれらをまとう筋肉の動き。
波打つ身体を前へと促す紐を引っ張りながら、私は数歩先へと進みながら、眼下の彼を窺った。
下を向いた彼の口角から唾液がだらだらと流れ、玉砂利へと落ちていく。
きっと尻尾が動く度に、敏感な中を抉られているのだろうが、かなりきついのかもしれない。何しろ尻尾の固定具は、彼の中を細かく計測して作ったものなのだから。
最初はもっと細くて短い固定具だったから、腰回りに武骨な固定バンドが必要だったし、尻尾も短いものしか着けられなかった。けれど今では、固定具がしっかりとしているから、こうしてとても立派で重い尻尾でも着け放題だ。
まあ挿れるときは、たっぷりの潤滑剤を使っても少々苦労はするのだけど、もっとも太い分、しっかりと中に組み込めたからくりは、彼に素晴らしい快楽を与えてくれるから、着ければいつも喜んでくれる代物でもある。
今も複雑に設計された動きが、緻密なプログラムによるランダムな動きを彼に与え、ずっと楽しませているはずだ。
もちろんこうやって尻尾に触れれば、その動きに合わせても中が動くようにもなっている。
「ひああっ、やああ――――っ」
動きに合わせて、甲高い良い声が夜空に遠く響く。
「駄目だよ、もう少し声を抑えて。いくら尻尾遊びが好きだからって、みんなが起きてしまうよ」
「ああ、やあ――あっ、あっ」
嫌だと首を振るのは、みんなを起こしてしまうことにか。
「だったら静かにね。さあ、散歩の続きだよ」
促すように尻を叩くとペシンといい音が鳴った。
「ぐっ、うっ」
軽くだが、のけ反った身体が今度はうずくまる。しかも行こうというのに、一歩も進む気配はなかった。
うーん、これは困った。
もちろん彼がここを一周できないと言うのであれば、それはそれ、連れて帰ればいいだけなのだが。だが彼は、今日はどうしても私に言うことを聞いてもらいたいと言っていたのだ。
たぶん今も、彼はそれを期待しているはずで。
私は、小刻みに痙攣しながらうずくまる彼を見つめて、しばし黙考していた。
月明かりで一層白く見える肌は汗ばんで、きらきらと美しく輝いている。横倒しになったせいで何もかもが私の目に入る。
陰茎を覆う組紐はしとどに濡れそぼり、尻たぶの赤味もその美しさを助長しているし、空ろなのにどこか人を惑わす瞳が月の姿を反射していた。
どこか儚く、けれども妖しく、まるで物語の淫婦の悪魔のように、私を淫らに誘っているようなその姿。
どうも落ち着いていたはずの私の欲まで煽るようなその淫蕩な姿に、私の喉も自然と鳴ってなってしまった。
今日は彼とゆっくりと過ごそうと、十分すぎるほどに別のところで欲を吐き出してきたはずなのに。
ああ、私の中で彼を喜ばさないと駄目だとばかりに訴える何か。
血が私の腹の奥に集中していく、喜悦に満ちた思考は、彼のためにできることを考え出して、私を支配する。
ああ、本当に、淫らで、そしてとてもかわいい私の大切な人。
こんなにも私を翻弄してくれるのは、いつぶりだろうか。
さあ、これをどうしようか。この私をここまで昂ぶらせてしまった礼はたっぷりとしなければならい。
いや、したいのだ、したくてたまらない。
そしてここは私の敷地、私の世界。
私が自分の欲を止める理由はどこにもない。
「ああ、そうだ、そうしよう」
胸の奥から熱い吐息と共に言葉を呟き、私は口角が上がるのを止められないままに、ポケットに閉まっていたスマホを取りだした。
メッセージ一つでやってきた執事は、何を伝えなくとも私が望む物と共に訪れた。
執事は数年前まで恋人であったが、私が彼に対しての熱が冷めてしまったこと、そして彼自身が別に興味ができてしまったことを理由として、互いに納得ずくで別れることになったのだ。まあ簡単に言ってしまえば、互いに飽きたというのが簡単なのかもしれない。
もっとも、彼は今でもこの屋敷で優秀な執事として働いている。何しろ私の習慣、好みなどを熟知していて、私としても手放すのが惜しかったというのもある。
そんな彼が用意してきたのは、子供が使う三輪車の大きなもの。その後ろには人一人が乗れるぐらいの荷車がつないである。
この三輪車に動かぬ彼を乗せて運ぶのだが、それには邪魔なものがあった。
そう、サドルに乗せるにはこの可愛い尻尾は邪魔なのだ。
それにはまず抜かなければならないと、私はその付け根へと指を這わせた。
「んう……うっ、ぐっ」
閉じたまぶたが震えて、口角から涎が落ちていく。小刻みな痙攣は何度目だろうか。
嗅ぐ者に淫らな感覚を覚えさせる匂いが、横たわる彼の全身からしているようだ。
指先に触れた小さなスイッチを押せば、放屁のような音が響いた。プスンプスンと連続して間抜けな音が響き、執事が堪えきれずに吹きだした。
「ずいぶんと空気が入っていたようでございますね」
「このぐらい入れないと止まらないからな」
「なるほど、よく鍛えられて。ああ、私が抜きますよ、御身の手が汚れます」
「頼む」
場所を変わり、白手袋を嵌めた手が尻尾の根元を掴む。ぐりぐりと何度が左右にねじるたび、彼がびくびくと跳ねるように痙攣した。見開いた目は赤く虚ろに宙を見つめている。
「なかなか大きいのを入れてもらっておりますね、これはずいぶんと楽しかったでしょう」
「ああ、喜びすぎて歩けなくなってしまったようだ」
話をしながら今度は前後に揺する。動きに合わせて腰が蠢き、陰茎もまた何度も跳ねた。その度に散った粘液から糸が伸びる。勃起しきった陰茎は輪にせき止められて、胎内の精を吐き出すことはできない。嵌めていなかったら今ごろ空になっていたであろう精嚢は、陰茎の下でぱんぱんと膨らんでいた。
「さて、抜きますよ」
緩んだことを確認した執事のブラックスーツに包まれた腕に力が入る。ブチュ、ブチュチユと濡れた音が鳴り、じりじりと抜けていく子供のの腕ほどにもある固定具の姿が垣間見え始めた。
「あっ、あ――っ、あっ、ぁっ」
何度も揺するたびに甘く濡れた声が零れる。
淫靡な臭いが立ち昇り、清浄なる夜の空気を汚していく。
「ぎぃぃぃ――っ、いっ、いあ――っ、あっ」
震える身体はまるで別の生き物のようにすら見えた。固定具と共に後孔の縁がめくれ上がり、粘液が溢れ出してくる。のけ反った背は限界まで曲がり、晒された胸筋から乳嘴がぷくりと膨れ上がっていた。
上気して朱に染まった肌が月の光に照らされる。伸びた指が何度も玉砂利をかき集め、整地された道を激しく乱した。
じりじりと抜け出すそれは、ひどく長い。
「ひゃっんんんんっ!」
チュポンと、最後に間抜けな音を発して固定具は全て抜け落ちた。全体にねとりとした粘液をまとい、いまだに細かな震動を繰り返すそれ。
執事が片付けようと尻尾を丸めれば、それに合わせて固定具がぐるりと動くのが見えた。
「おやおや、これは昔に比べて感度が非常に良いようですね」
「君に使用したときよりはかなり改良しているからね。感想をいろいろと聞かせてもらって感謝しているよ」
「私ごときの愚見がお役に立ちましたとは、望外の喜びでございます」
相変わらずの隷属ぶりに苦笑を浮かべつつ、最後にスイッチを切って、荷車の中に放り込む。ゴトンと重い音を立てた尻尾は、屋敷に帰ればこの執事によって清浄され、彼の部屋のクローゼットにしまわれる。その時は減ったバッテリー容量も百%になって、またいつでも長時間使えるようにされているだろう。
この執事は仕事となれば何一つ抜けがない、本当に素晴らしい人材なのだ。だからこそ、別れた後も私の会社の役員として紹介したいと思っていたほどだったが。
だが、専属の執事として仕えてくれと懇願した彼に、私は戸惑いながらも、喜んで迎え入れた。彼ほどの才があれば、私の個人的な雑務がどれだけスムーズにこなせるか、容易に想像できたからだ。
そんな有望な執事に促されながら、呆然とし蹲る彼の身体を抱えなおせば、小さな呻き声が耳元で響いた。
決して軽いとは言えない筋肉をまとう身体は、私の力でもかなり重い。それでも台車に乗せるぐらいは問題なく、私は大きな三輪車のような形の台車のサドル部分に彼の尻を乗せた。
「うっ、あっ、あっ、あ゛っ」
彼の身体がサドルに柔らかく沈み込むたびに、喉の奥から吐き出すように声が零れる。
柔らかなクッションを備えたサドルは座り心地が良いはずだ。彼を落とさないようにと設置した固定具はしっかりと食い込み、隙間などない。だらりと垂れた足を一本ずつ持ち上げてサドルと同じ高さにある台に足裏を乗せて固定し、腰までの背もたれにもベルトを巻けば、落ちることはない構造だ。
やや前かがみになるように手を伸ばさせてハンドルを握らせて、こちらも同じように固定する。
私が彼を固定している間に、執事が手早く彼の陰茎の根元のリングに紐をつないで、チョーカーから伸びた紐とつなぎ合わせていた。絶妙な長さは、陰茎のほうが短く、チョーカーのほうが緩い。
さらに私が差し出さしたクリップで彼の可愛い乳嘴を挟んだ。
「ぎううっぁぁっ!!」
三輪車の上で彼が絶叫を上げた。庭園の中を遠く響き、壁でこだまする。涼やかな虫の声が止まった静寂の中、寝入っているはずの小鳥の声がそこかしこで奏でられた。
「静かに」
しいっと唇の前で指を立てれば、潤んだ一対の瞳から雫がしたたり落ちた。赤く色づいた瞳が上下する。
落ちた雫に濡れて括り出された乳嘴は淫らに色づき、まるで花弁を広げた中心に伸びためしべのようだ。受粉のために虫を誘う芳香と色香に彩られた卑猥な二つのめしべ。指の腹でそっと触れれば、声なき嬌声があまく響いて私を楽しませた。
そんな二つの乳嘴から伸びた紐を、先ほどのの紐に繋げば準備は完了。今度の紐は陰茎部からの紐よりほんの少しだけ長いが、四本の紐をまとめて引っ張ったときに余裕があるのはチョーカーからのだけ。
「それでは僭越ながら、私が曳きましょう」
執事が申し出てはくれたが、私は首を横に振った。
「いや、曳くのは私がやろう。君は確か彼に教育が必要なのだと言っていなかったか」
昼間にそんなことを進言されたと思い出して問えば、ああ、とばかりに頷かれた。
「さようでございました。彼は旦那様とのお約束をお破りになられておりますので、その分の教育が必要なのでございます。間違ったときの躾はすぐに、と理解はしているのですが、何分忙しくて手が回っておりませんでした」
「君が忙しいことは分かっている。そんな忙しい時に私の約束を破った彼が悪いのは違いないしね。その教育というのは、罰を与えるということで合っているかな」
「さようでございます。旦那様との大切なお約束がいかに大切か、その身をもって覚えるためにいつものように罰を与えさせていただきとうございます」
「ああ、私が離れているときの彼の教育は君に任せているからな。ああ、それと口枷を外してくれ。そろそろ彼の甘い声が聞きたくなった」
「かしこまりました、ありがとうございます」
私が許可すれば、執事が笑みを浮かべて礼を述べ、即座に彼から口枷を取った。頬に残る赤い線は、少々きつく閉めすぎたか。開いた口から零れ落ちるように透明な玉が抜け落ちる。
ずっと開いていたからか、ぽかんと開いた口がたいそう間抜けな姿だが、そんな表情も愛らしい。
どうぞと執事が合図をするのに、私は鷹揚に頷き返した。
「さあ、帰ろう。そろそろ身体も冷えただろう」
一度振り返り、彼がぼんやりと空を見上げているのを確認してから、私は一歩踏み出した。
「あ、あ……」
最初は微かな吐息だった。だがすぐに、唸り声のような、絞り出すような音が響き、そして。
「いああっ、や、なん、なんかっ、ああっ、ひいいっ」
さっきまで茫然自失していた彼が、全身を激しく震わせている。固定されて動けないはずなのに、それでも必死で腰を動かしたせいか、サドルとのすき間ができた。そこから見えるのは太く逞しいディルドの姿。
先ほどのサドルに取りつけられたディルドを、彼はしっかりと咥え込んではいたが、身体が動いたせいでのぞいてしまったか。ディルドは車輪の動きに合わせて前後左右に動く代物だが、なかなか彼は喜んでくれているようだ。
一歩進むたびに、嬌声は甘く、高く、夜空に響く。口枷を外したせいか、懇願のような言葉も漏れ聞こえた。切なく響くお強請りは、なるほど、効果てきめんに私の股間を甘く震えさせてくれた。思わずその懇願を聞いてあげたいと思うほどに、淫らで愛らしい言葉。
ふむ、あれの設計の際に、エラが大きく張った陰茎部の真珠大の瘤をたっぷり着けたのかがお気に召したようだ。
いい声の響きに、私のストレスは完全に癒やされている。
そんな声の中で、強く弾ける音がたまに響く。そのたびに声は大きく、すすり泣きが激しくなった。
「一、二、三、これはあなたが粗相をして床を塗らした罰です。それから一、二……これは日課の体操をさぼったものです。あれだけ旦那様があなた様の身体を心配して準備された運動をされなかったのですから、本当に困ったお方ですね、これで十ですか」
しゃべりながらか、どうも数を間違えたように聞こえたが、まあいいだろう。
執事が振るう鞭の風切り音を私が聞き間違えただけかもしれないし。
引き紐を引きながら、私はゆっくりと小道の残りを屋敷に向かって歩いていく。丸砂利の道は、三輪車をガタゴトと激しく揺らし、引きづらいことこの上ないが、それでも息が切れたりすることはない。
ゆっくりと、心地良い空気に触れながら、私は今宵も楽しい散歩を堪能した。
広い池の畔を巡り、木々の合間に砂利道を移動して、深夜の散歩を堪能した私が屋敷の中へと足を踏み入れた時には、散歩の初めは低かった月もそろそろ天頂に届く頃か。
日は変わったが、まだ朝には程遠い。
自室に戻り、カーテンを開けて月を眺めていると、窓に反射して彼が三輪車から降ろされた様子が目に入った。床に這いつくばり、びくびくと身体を痙攣させている彼の瞳は、薄く開いているが焦点はあっておらず、意識はなさそうだ。
少し運動が過ぎたと窺えば、執事は問題ないと首を振る。
亀甲で絞めた紐の場所以外、背中は幾筋もの赤い線が浮かんではいるが、血の滲むような傷はない。
大きくばっくりと開いた後孔は、生々しい肉の色を晒し粘液で濡れているが、それ以上に濡れているのが彼の前、紐で飾った陰茎だ。
いまだにひくひくと震えているその陰茎から、優しくそれらを外してみれば、その痕が滑らかな皮膚にくっきりと残っていた。
「鍵を解除願います」
「ああ、わかった」
促されて彼の衣装を固定していた鍵に触れる。爪の先より小さな部分の6桁の数字を惑うことなく入力すれば、カチッと小さな音を立てて環が外れた。
続いて環の継ぎ目を専用の工具をつかって一つずつ外す。
いつもより赤黒く染まったそれは、最後の根元が外れた途端に、びくりと震え、一気に膨れ上がった。元より剥き出しだった先端が喘ぐように口を開く。そこからだらりと力のない吐精がいつまでも続いていた。
ずっと溜まっていた精液が、中から押し出されるように出ているのだ。
それを指先で掬いあげて、薄く開いた唇の中へと押し込めば、眉間に深いシワを寄せて彼が唸る。それでも意識は戻らず、白い唾液を口角から流しながら深く眠ったままだ。
そのうちに陰茎が萎えたので、再び環を全て嵌め直した。
残りの紐は、また起きてからでいいだろう。
明日――いや、もう今日か。今日は少しだけ暇がある。またその時に共に遊ぼうか。
だが今は。
「おやすみ、良い夢を」
濡れた額に貼り付いた前髪を剥がしてやり、私は最後に頭を撫でてから部屋を出た。
あとの世話は執事が完璧にこなしてくれるのだから、私ももう休むことにしよう。
寝室で待っていてくれるだろう、愛おしい愛人と共に。
【了】